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2008.04.30 (Wed)

入団1年目の長嶋

以下に興味深いデーターを整理した。プロ野球には毎年数多くの新人選手が入団してくるが、その中で成功する者はごく僅かである。では、長嶋の1年目である1958年は?そしてその後に現れた天才バッター達の入団1年目はどの様であったのだろうか。

選手名     試合  安打  本塁打  打点  盗塁  打率
 長嶋   :  130  153    29     92   37   .305 
 王     :   94   31    7     25    3   .161 
 野村   :    9    0    0      0    1   .000 
 イチロー :   40   24    0      5    3   .253 
 金本   :    5    0    0      0    0   .000 
 田淵   :  117   81   22     56    1   .226 
 落合   :   36   15    2      7    1   .234 
 原     :  125  126   22     67    6   .268 
 清原   :  126  123   31     78    6   .304 

王・野村・落合は言わずと知れた”三冠王”のバッターであり、イチローは日本ではなく世界のバッターである。鳴り物入りで入団した原や田淵も1年目の打率は3割以下であり、唯一清原の1年目が、3割30本をクリアーしている。社会人や大学・高校で揉まれて入団した原石が光り輝く為にはある程度の時間が必要な事はこの大選手たちの一年目からわかる。
その中で、長嶋の1年目は、なんとセリーグで本塁打王と打点王の2冠を取っているのである。(打率は第2位)更に興味深いことに盗塁では1年目に37個も成功させているのである。当然130試合全てにサード長嶋で出場しており、打って良し! 守って良し! そして走って良し!の全てが備わっていたのである。その長嶋の記念すべきプロ野球第一試合、 対国鉄 対金田であった。

前年28勝の金田が立ち塞がったのである。
開幕戦第一打席、二人三振の後の打席では初球は内角の剛速球を空振り。二球三球とカーブがきて、四球目も内角に快速球が来て空振り三振。第二、第三、第四打席も剛速球で空振り三振に取られた。 長嶋の打席では計十九球で、直球10球・カーブ9球。 長嶋は全て空振りの三振であった。

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2008.04.29 (Tue)

天覧試合の長嶋

とにかくこの長嶋は、めっぽう天覧試合に強い男であった。既に前述の通り、記録面では王や野村にも及ばないのであるが。長嶋の天覧試合は計10試合であり、その合計打撃成績は

    35打数 18安打 7本塁打 10打点 打率.514

これは驚異的と言わざるを得ない数字である。特に打率に関しては.500以上なのである。
以下に長嶋の全10試合の天覧試合の打撃数字を記す。

年月日 対戦相手 球場 スコア ご観戦皇族 打数 安打 本塁打 打点 打率
S34.0625 阪神 後楽園 5-4 昭和天皇・皇太后両陛下 4 3 2 2 .750
S34.07.12 国鉄 後楽園 6-3 常陸宮(当時義宮)、島津貴子(当時清宮)様 3 1 0 0 .333
S38.05.04 国鉄 後楽園 3-8 天皇(当時皇太子)陛下 4 2 0 0 .500
S40.06.01 阪神 後楽園 2-1 常陸宮様ご夫妻 3 1 0 1 .333
S41.11.06 ドジャース  後楽園 11-3 昭和天皇、皇太后両陛下 4 3 1 1 .750
S43.09.15 中日 後楽園 7-10 皇太子(浩宮)殿下 2 1 1 1 .500
S44.07.19 全パ 東京 6-7 皇太子(浩宮)殿下 3 1 0 0 .333
S45.10.31 ロッテ 東京 5-3 皇太子(浩宮)殿下 4 3 2 3 .750
S46.07.20 全パ 後楽園 2-3 皇太子(浩宮)殿下 4 2 1 2 .500
S46.10.16 阪急 後楽園 7-4 皇太子(浩宮)殿下 4 1 0 0 .250

”チャンスに強いバッター”と言う選手もいるが、長嶋はチャンスだけでなく何か謎を持つ男である。
プロ野球史上初めての天覧試合が行なわれた昭和34年・・・ 長嶋のメイクドラマが始まったのである。

1959年6月25日、後楽園球場で巨人対阪神の伝統の一戦が天覧試合として催された。
昭和天皇・香淳皇后が後楽園球場のバックネット裏貴賓席に来場し、19時より試合が開かれた。
試合は巨人が藤田元司、阪神が小山正明の両エースの先発で始まった。両チームとも点の取り合いとなり、3回表・阪神が小山自らのタイムリーヒットで先制点を挙げる。その後5回裏・巨人が長嶋茂雄と坂崎一彦の連続ホームランで逆転すると、6回表・三宅秀史のタイムリーヒットと藤本勝巳の逆転ホームランで3-4とする。7回裏・巨人は王貞治のホームランですかさず同点に追いつき、阪神は村山実をマウンドに送る。同点のまま9回に入ったが、天皇・皇后が野球観戦できるのは午後9時15分までであったため、延長戦に突入した場合は天皇陛下は試合結果を見届けられず、途中退席になる可能性があった。

しかし、午後9時12分、9回裏、先頭バッターの長嶋がレフトポールぎりぎりに入るサヨナラホームランで接戦に終止符を打った。天皇・皇后は試合結果を見届けた上で、球場を後にした。

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2008.04.28 (Mon)

長嶋の謎

戦後日本プロ野球に革命をもたらした男---”長嶋茂雄”。
「記録の王、記憶の長嶋」と言われる所以は何処にあるのだろうか? アンチ巨人ファンの中にも長嶋なら許せると言う人も多く、その長嶋の魅力は、長嶋語録と共に謎である。

長嶋の現役生活は17年間である。その17年間を王(現役生活22年)との比較で見てみる。

生涯打率  長嶋:305 (王:310) ⇒ 王
首位打者  長嶋:6回 (王:5回) ⇒ 長嶋
本塁打王  長嶋:2回 (王:15回) ⇒ 王
打点王    長嶋:5回 (王:13回) ⇒ 王
生涯本塁打 長嶋:444本 (王:868本) ⇒ 王
最高殊勲賞 長嶋:5回 (王:9回) ⇒ 王
ゴールデングラブ 長嶋:2回 (王:9回) ⇒ 王

ご覧の通り、首位打者の数が1回だけ王よりも上回るがそれ以外では全て王に及ばないのである。

次に具体的な数字を比較してみたい。(金本・イチローは2007年までの数字)

       長嶋    王    野村   金本   イチロー
安打数:  2471  2786  2901  1987  2870
二塁打:   418   422   397   331   388
三塁打:    74    25    23    33    80
本塁打:   444   868   657   394   185
打点数:  1522  2170  1988  1216   956 
盗塁数:   190    84   117   152   471 
三振数:   729  1319  1478  1309   794
併殺数:   257   159   378    71    93

各々現役年数は、長嶋17年・王22年・野村27年・金本16年現在・イチロー16年現在。

長嶋は王どころか野村の安打数・本塁打数・打点数よりも下なのである。確かに野村の現役生活は27年と長嶋よりも10年も長い理由はあるのだが。ただ一つ不思議な事に三塁打数が王や野村の三倍ちかくあり、盗塁数も王の倍以上である。

07.jpg


長嶋の謎に付いては、又次回に続けたい。しかしそのヒントは以下である。

”1959年6月25日、後楽園球場で行われた対阪神戦は、日本プロ野球史上初の天覧試合(天皇が観戦した試合、当時は昭和天皇)であった。長嶋は4対4で迎えた9回裏、阪神の2番手村山実投手からサヨナラホームランを放った。この試合では新人王貞治も本塁打を打っている。これは106回あったONアベックホームランの第1号である。”


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2008.04.25 (Fri)

番外編 3

大○製薬が発売して40年以上の超ロングセラー商品”リポ○タン”、既に200億本以上が日本人に飲まれているとの旨。このリポ○タンの海外での漢字(中国語)名称はバラバラであったのである。
そして結果的にこのバラバラブランド戦略が海外において対競合品との戦いに残念な結果を招いたのであろう。この対競合品との戦いに付いては、また別の機会にて論じてみたい。
では、昨日までの続きを進めよう!

1965年 タイ国発売 ⇒ 英文(LIPOVITAN-D) 漢字(力保精) 日本語(なし)
1969年 香港発売  ⇒ 英文(LIBOGEN) 漢字(力保健) 日本語(リポ○タン-D)
1972年 シンガポール発売 ⇒ 英文(LIVITA) 漢字(利必大) 日本語リポ○タンD)
1986年 台湾発売  ⇒ 英文 (LIPOVITAN-D) 漢字(力保美達) 日本語(リポ○タン-D)
1998年 中国発売  ⇒ 英文(なし) 漢字(力保美達⇒力保健) 日本語(リポ○タン)

なんと!! シンガポールで発売されているリポ○タンの漢字名称は”利必大”と記されていたのである。 既に発売済の力保精でもなく、力保健でもなく 新たな漢字=中国語の商品が出された。
同時に従来の英文名を”LIVITA”と変更もしており、確かに日本語ではリポ○タンと標記はしているものの英文名の変更も行ったいたのである。

sing_01.jpg



”利必大”は英文名”LIVITA”への変更に伴い創られた当て字と思われるが、”利”益が”必”要で”大”きく育てる(販売)の意味を持って創られたのではと考えられる。
しかしである、ならばこの”利=LI=リ”が何故に以降の台湾や中国で使用されなかったのであろうか? 逆に言えば、既に販売されていた香港での”力=LI”ではなかったのだろうか?

繰り返すようだが、リポ○タンの海外における漢字名は、4種類になったのである。
タイ国:力保精・香港:力保健・台湾:力保美達・中国:力保健・シンガポール:利必大

比較対象として”ポカリスエット”を見てみると中国名は、”宝鉱力水特”と記されている。この商品も日本以外の国々で売られており既にブランドとして確立された日本を代表する商品である。当然中国や台湾、香港等の中国語圏でも多く売れているが、全て統一された中国語名称である。

2008年春の台湾大統領選挙において国民党の馬氏が当選し、今後は国民党主導の政策が台湾では行なわれるようである。その目玉が台湾と中国各都市間の直通フライト運行であり、既にこの7月には始まるとの噂も出ている。中国13億の国民が台湾へ直接のフライトで観光旅行をした場合、そこで目にするものは何なのだろうか? 台湾だけでなく中国の消費者が世界へ向けて出て行く日はもう目の前に来ているのである。

商品名の世界ブランド化の中で中国語標記が統一されていない商品を持つ企業は淘汰されるのではないだろうか。リポ○タンよ永遠なり!




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2008.04.24 (Thu)

番外編 2

lipovitan-d.jpg


この写真はリポ○タンのタイで生産販売されている商品である。
タイに於いてはリポ○タンの歴史は古く、タイの誰もが知る知名度の高い商品であり、日本以外で最も多くの数量が飲まれている場所である。一時は年間8千万本とか1億本とか言われており、大○製薬の海外における先駆者でもあるタイ製リポ○タンである。
この商品ラベルをじっくりとご覧願いたい。当然ながらタイ語で標記されているなかで、唯一漢字が含まれているのである。
これが解らない謎である。  ”力保精”  この3文字がラベル下の中央に書かれているのである。
では、そのラベルを拡大してみることにする。


lipo1.jpg


既にリポ○タンの中国における商品名”力保健”に変更の経緯は記しているが、このタイ製リポ○タンの販売は、1965年と確認しており、この時点では、漢字=中国語名称=華僑をターゲット ”力保精”が商品ブランドとして確立していたのである。
ちなみに香港では1969年に力保健の商品名、台湾では1986年に力保美達の商品名、そして中国では、繰り返すようだが1年間で商品名を力保美達から力保健へ変更(1998年~1999年)。

要するに東南アジアの狭い地域の中で、大○製薬は3種類の中国語(漢字)名称のリポ○タンを販売しているのである。
ブランド構築のマーケの中では、商品名は最重要な課題であり、この商品名により消費者との接点を図り企業イメージを作っていくのが一般的であるのだが。大変珍しいケースであるリポ○タンの海外戦略である。

ここでフトある疑問が浮かんできたのである。 中国語若しくは漢字を使用している国でリポ○タンを販売している国は他にはあるのだろうか?

在ったのである! それは”シンガポール”である。シンガポールは狭い国土ながら急速な経済発展を遂げておりその過程の中でリポ○タンも販売されていたのである。
そして、シンガポールにおけるリポ○タンの商品名は、タイの力保精なのか? 台湾の力保美達なのか? 若しくは香港や中国の力保健なのか? この3種類以外の名称なのか?

番外編 3 に続く

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2008.04.23 (Wed)

リポ○タン-番外編

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番外編 1

リポ○タンは、ご存知日本の生んだ健康ドリンクであり、既に発売されて半世紀近くが過ぎようとしている。海外でも生産されており、リポ○タンの海外工場は、台湾・フィリピン・インドネシア・マレーシア・ベトナム・中国上海等であり、発売されている国は。前述の国以外にも中近東やイギリス・イタリアそして米国と世界中で売られているのである。
但し、唯一販売していない国があったのである。 ⇒ 謎 それが隣国韓国である。
韓国ドリンク剤の代表がこのバッカスDである。生産販売元は東亜製薬。見ての通り瓶の形から容量そして歯車マーク更に付け加えれば”D”もリポ○タンと同じである。
このバッカスDの販売も既に40年の歴史があり、同様に東南アジアを中心に海外でも売られている。

リポ○タンが先かバッカスが先かを問う事はしないが、リポ○タンが唯一韓国で売られていない理由がここにあったと思われる。尚、正式な販売は、リポ○タン:1962年・バッカス:1963年であり、僅か1年間であるがリポ○タンが先に上市している。

因みに東南アジアでのリポ○タンの発売上市は、以下の通りである。
タイ:1965年・香港:1969年・マレーシア/シンガポール1972年・フィリピン1973年・インドネシア1979年・ベトナム1996年・中国1998年。

 

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2008.04.22 (Tue)

力保美達の謎-4

力保美達:リーバオメイダー これが中国語発音である。

力 ⇒ 利益の利と同じ発音  リー
保 ⇒ 薄いの薄と同じ発音  バオ
美 ⇒ 没と同じ発音      メイ
達 ⇒ 同じ            ダー

”利益が薄く、目的に達しない” ⇒ 利薄没達 

これが、リポ○タンの商品名を中国にて1年間で変更し最終的に”力保健”に変更した理由なのでないかと考える。商売をする上で、利益の追求は当然の事であり、商品のネーミング、特に中国圏においての漢字表記には充分な注意が必要なのであろう。
繰り返すが、僅か1年間だけ中国にて使用した力保美達の2年目以降の販売は、上海以外に広州や北京そして中国東北地区の大連等々で上市し”力保健”ブランドとして大成功を収めたと聞いている。

大○製薬は、台湾でのリポ○タンの経験を活かして、中国では”力保健”のブランドに変更した。

中国圏におけるブランド構築は難しいものである。

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2008.04.21 (Mon)

力保美達の謎-3

likbokin.jpg


別の角度から検証してみよう。それは、既に販売されて20年以上も経過している台湾市場の現状である。台湾における販売上市の時期は、1986年であり、同年には台湾の薬品許可も取得している。当然ながら薬品許可=薬品=薬局の図式にて販売は薬局のみである。当時はテレビ宣伝も含めて大規模な宣伝販促も実施しており販売数量も大きな数字であった。
ここで強調したいのが”あった”である。競合も無く大きな資金投下により当時は珍しいONLYエナジードリンクとして日本同様に各薬局に冷蔵ストッカーを配置しての販売方法は無敵であったのである。
しかしその後は地元メーカーの参入や紅牛の販売強化等々により販売本数が落ち込んで行き、本数の減に伴い宣伝広告も無くなっていったのである。
2008年現在、台湾全土には数千イヤ数万のコンビニエンスストアーが乱立しており、そこには残念ながら力保美達は配荷されていない状況であり、場末の薬局に細々と置かれているのである。

繰り返すようだが、大○製薬のリポ○タンは今でも日本で年間億単位の本数で売られており40年以上の歴史ある商品である。更に今では東南アジアを中心に何処でも売られているエナジードリンクである。その対外国進出の第一号が台湾であったのである。その台湾の力保美達の末路が---。

そろそろ本格的に謎を解きたい! 

そしてそのヒントはこの台湾にあったのであろう。それは商品名の”力保美達”ネーミングである。

中国語名”力保美達”を日本語で読むと”リホビダ”でありなんとなくリポ○タンをイメージする。
力はパワーをイメージでき、保は健康をイメージ、そして美は正に美しさであり、達は、パワーと健康と美を達成出来る言葉である。
商品としての中国語ネーミングとしては企業イメージを含めて満点ではなかったのだろうか?

更に続く

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2008.04.19 (Sat)

力保美達の謎-2

042298.jpg


ご存知この写真が中国上海で1年間だけ販売された(貴重)リポ○タン=力保美達である。
繰り返すようだが、このブランド名は、今日現在台湾では販売されているリポ○タンである。10本箱の側面にはあの有名な鷲のマークが大きく記されている。
そろそろこの謎の解明に入るが、その前に事実の検証をしておきたい。
先ず、名称変更(力保美達⇒力保健)以外に2年目に変更された大きな点を確認しなければならない。店頭販売価格が変わったのである。(7元⇒5元) この当時は現在と違い150MLは販売されていないので100MLの値段(7元=日本円約105円)である。まったく同じ容量で成分も同じのリポ○タンがなんと2年目から値段を大きく下げて(29%引き)名称を変えて店頭に出てきたのである。
この事実をどの様に受けとめるべきであろうか?

仮説: テレビCM等の莫大な投資にも係らず予想以上に販売が伸びなかった。その原因の一つに店頭価格が消費者にとって高すぎた。よって店頭価格も下げると同時に力保美達の商品名も変更した。

この仮説には若干の無理がある。大企業である大○製薬はブランドを大切に扱う会社であり、単に店頭価格を下げただけで商品名を変えるであろうか?まして1年目の新商品を育てる時期に簡単に商品名を変えるとは思えないのである。

更に次回に続く。

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2008.04.18 (Fri)

力保美達の謎 

大○製薬の看板商品”リポ○タン”。
東南アジアや米国でも売られており、海外ではエナジードリンクの定義の基で飲まれている。

このドリンクの中国圏での商品名は、2種類であり中国大陸では”力保健”そして台湾では”力保美達”(香港でも力保健の名称で販売)

何故に2種類のブランドを持っているのであろうか 通常では同じ中国圏内では同一のブランドでマーケテイングするのが一般的であり、ブランド力=販売力更に=利益に繋がるのではないだろうか

調べる限り台湾では既に販売されて20年以上が経っており、中国では9年目と台湾に比べて遅くなっている。販売店舗も台湾では一般的な薬局だけであり、中国ではコンビニも含めた食品店やハイパー店でも販売している。
更に詳しく調べると、なんと中国上海で販売した1998年のリポ○タンの中国名は”力保美達”であり翌年から商品名が現在の力保健に変更されていたのである。

力保美達⇒力保健 への名称変更。 それも1年も上市から経過しての変更である。
新商品の発売上市に際しては、テレビ宣伝も含め莫大な広告宣伝費を投入する必要があり、この力保美達も同様に上海の名門サッカーチームとタイアップしてTVCMを投入し商品知名度や認知度をアップさせていたのである。更に付け加えれば、この力保美達は、中国保健省(厚生省)が認可した保健食品と呼ぶカテゴリーに入る食品であり、この国の認可も力保美達で取得していたのである。

では、この不可思議な謎を解き明かそうではないか!但しあくまでも推測であり間違いかもしれないので、この点はご了解頂きたい。

謎解きは次回までお楽しみを。

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